心の戦いに勝利する
1. 私たちは皆、内なると戦っている
「私は自分のしていることがわかりません。ほんとうは正しいことをしたいのに、できないのです。反対に、したくないこと、憎んでいることをしてしまいます。16自分の行いが誤っていること、律法は良いものであることが、私にはわかっています。 17ですから、したくないことをしているのは、もはや私ではなく、私のうちに巣くっている罪なのです。18古い罪の性質のために、私は自分が腐敗しきっているのを知っています。正しいことを行いたいのに、どんなにもがいても、できないのです。 19良いことをしたいと思ってもできず、悪いことをしないように努めても、どうしてもやめられません。 20自分ではしたくないことをしているとすれば、問題点は明らかです。すなわち、罪がなおも私をしっかり捕らえているのです。」(ローマ7:15~20 JCB)
2. 私たちは自分の弱さに対してでなければならない
「正しいことをしたいと思っているのに、どうしても悪いことをしてしまう、そういう法則があるように思います。22新しい性質をいただいた私としては、神のご意思どおり行いたいのですが、23心の中に潜む悪い性質には別の力があって、それが私の心に戦いをいどみます。そして、ついに私を打ち負かし、いまだに私のうちにある罪の奴隷にしてしまうのです。私は、心では喜んで神に従いたいと願いながら、実際には、相変わらず罪の奴隷となっています。24これが私の実情なのです。ああ、私はなんとみじめで哀れな人間でしょう。いったいだれが、この悪い性質の奴隷状態から解放してくれるのでしょうか。」 (ローマ7:21~24 JCB)
3. 葛藤の中にあっても、私たちにはがある
「しかし、主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。キリストによって、私は解放されました。この方が自由の身にしてくださったのです。1こういうわけで、今は、キリスト・イエスに属する人が罪の宣告を受けることはありません。 2なぜなら、いのちを与える御霊の力が、罪と死の悪循環から解放してくれたからです。」 (ローマ7:25~8:2 JCB)
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」 (ヨハネ3:16~17新改訳)