神との交わり
1. 神はにいる
13ところで、ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから六十スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた。14彼らは、これらの出来事すべてについて話し合っていた。15話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。16しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。 (ルカの福音書 24:13-16 SKY17)
8そよ風の吹くころ、彼らは、神である主が園を歩き回られる音を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。9神である主は人に呼びかけ彼に言われた。「あなたはどこにいるのか。」 (創世記 3:8-9 SKY17)
2. 神はにいる
主は 心の打ち砕かれた者の近くにおられ 霊の砕かれた者を救われる。(詩篇 34:18 SKY17)
25そこでイエスは彼らに言われた。「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。26キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るはずだったのではありませんか。」 27それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。28彼らは目的の村の近くに来たが、イエスはもっと先まで行きそうな様子であった。29彼らが、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もすでに傾いています」と言って強く勧めたので、イエスは彼らとともに泊まるため、中に入られた。 (ルカの福音書 24:25-29 SKY17)
3. 神はにいる
30そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。31すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。(ルカの福音書 24:30-31 SKY17)
この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。 (コロサイ人への手紙 1:27 SKY17)